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おすすめ図書 2021年
12月
汝ふたたび故郷へ帰れず
飯嶋 和一 小学館
表題作である「汝ふたたび故郷へ帰れず」はスタンダードなボクシング小説で、あるボクサーの挫折と再生を追ったものです。この作家の凄いところは、「スタンダード」さが「安直」「退屈」に結びつかず、シンプルでありながら熱い物語に昇華されているところです。加えて、後年の歴史小説で感じる厚みのある文体はデビュー当時から健在で、試合前のボクサーのストイックさを表す描写や、ボクシングという闘いの場の鋭い迫力は胸に迫るようです。
他の二本の短編もとても魅力的です。父の過去の傷と向き合う息子の話「スピリチュアル・ペイン」と、デビュー作「プロミスト・ランド」。片や戦争で徴発された馬の行方を追う話であり、片や禁止された熊撃ちの話ですが、どちらも人の内面と人同士の関係を描いた物語であり、淡々と髄まで沁み込む「人の物語」です。読みごたえのある短編なので、今までこの作家の作品を読んだことがない人にもおすすめです(南荻窪図書館作成)。
11月
中西悟堂 フクロウと雷
中西悟堂/著 平凡社
雲の様子や道端の花、鳥のさえずりなど、昨日と違う今日に気がつきましたか? 日々の生活に<自然>不足を感じたら、ちょっと古風で上品なユーモアも感じられる明治生まれのナチュラリストのエッセイはいかがでしょう。
「日本野鳥の会」の創始者となった中西悟堂は、野鳥研究家であり環境保護運動の先駆け、さらに僧侶、詩人、歌人とマルチな活躍をした人物です。
表題作は、フクロウの雛を撮影していた高い梢の上で激しい雷雨に襲われて命からがら、かえって極端な雷恐怖症が治ってしまった話。また、水鳥(カイツブリ)の営巣を観察しようと、唐草模様の大風呂敷をすっぽり被って蛭や蚊に刺されながら池の中に一日中立ちん棒した話では、昭和初期の善福寺界隈ののんびりとした様子も知ることができます。
「生物の生態観察は、—中略— 広汎な哲学であり、高貴な詩である」。この言葉からも、自然と野鳥への深い愛と敬意、発見の喜び、まさしく天衣無縫な先生の姿が目に浮かびます。何事もせわしなく、時間もジャンルも細分化された現代にこそ、こんな悠々とした人物が光って見えるように思えます(阿佐谷図書館作成)。
10月
ハーブティー事典
佐々木 薫 池田書店
この本には、日本で手に入るハーブティーの中で役に立つといわれ、比較的手に入れやすい厳選された115種類のハーブティーが掲載されています。ハーブティー紹介ページでは、その作用・香りと味・効果的な飲み方やおいしい飲み方・飲むときの注意すべき点、お茶として飲む以外のハーブティーあるいはハーブの利用法を紹介しています。
その時の気分や体調に合ったハーブティーを見つけ、リラックスタイムを過ごしてみてはいかがでしょうか(西荻図書館作成)。
9月
ニッポンの猫
岩合光昭(写真・文) 新潮社
そこで今回は、猫の写真で有名な岩合光昭氏の写真集「ニッポンの猫」を紹介します。家事や仕事で疲れた時、憂鬱な気分を癒してくれ、ページをめくるたびに家にいながら旅行気分も味わえます。
北海道の函館、秋田の田沢湖、会津の喜多方、東京の谷中、横浜、奈良、広島の尾道、長崎、沖縄の那覇、竹富島等の全国を飛び回り、猫との出会いを写真に収めています。中でも、東京の谷中、広島の尾道は猫のスポットとして有名です。
屋根の上のシーサー前で日向ぼっこをして、港で海を眺め、貝殻で遊び、店番を引きうけ、餌をもらって一息つく。各地の猫たちは様々な愛らしい姿を見せてくれます。
私は趣味で全国をまわりました。そこでは、猫たちとの予期せぬ出会いもあって、そのたびに何度も気持ちが和らぎました。猫好きになったきっかけでもあります。コロナ禍が落ち着いたら、この写真集を参考に、全国各地の猫たちとの出会いを求めて旅をしたいと思います(成田図書館作成)。
8月
空中ブランコ
奥田英朗 文藝春秋
舞台は伊良部総合病院の地下一階、精神科。ここへやってくる患者たちは、ちょっと変わった症状の人ばかり。空中ブランコに乗れなくなったベテラン空中ブランコフライヤー、義父のカツラを剥ぎ取りたい衝動に駆られる神経科医などなど。そんな患者たちを治療するのは、この病院の跡取り、伊良部一郎。しかし、この男、どんな患者をも凌ぐ変わり者のトンデモ医師なのだった。患者たちの葛藤と、伊良部の奇行ともいえる治療法に、はじめはクスッと笑ってしまうはず。しかし、読み進めていくと、どの患者たちの気持ちにも共感してしまう不思議な感覚を覚えることでしょう。
人の心は、些細なことが、とてつもなく大きな問題に変わったりします。皆さんもこの本を読んで、ぜひ一度、自分の心と向き合ってみて下さい。もしかしたら、ずっと胸につかえていた何かに気が付くかもしれません(宮前図書館作成)。
7月
黒き侍、ヤスケ
朝倉 徹 原書房
ヤスケ(弥助)という名をもらった彼がどのように信長の部下になり、その後どんなドラマがあったのかを史実に基づきながら(小説なのでもちろんフィクションもありますが)小説にしたのが本書です。
元南蛮奴隷だった男が日本で侍にまでなったのですから、ヤスケは間違いなく信長に「恩義」を感じ「忠義」を尽くしたと思います。本書に描かれるヤスケの運命には、まったくもって数奇なものがありますが、残念ながら人種差別が今もある現代に生きる我々にとっても、何が大切なのかを考えさせられるところがあります。すなわち、本書のテーマは誰もが差別なく活躍できる社会の実現こそが大事だということではないでしょうか。
最後に、本書のクライマックスはあの「本能寺の変」ですが独自のアプローチで描かれています。
(高円寺図書館作成)
6月
誰も教えてくれない田舎暮らしの教科書
清泉 亮 東洋経済新報社
テレビや雑誌等の情報からは、移住した人達の成功例や楽しい事ばかりが紹介されていますが、良いことばかりではありません。そもそも、移住地人気ランキングは、移住するまでの人気ランでキングであり、定住してからの人気ランキングではありません。
地方の生活は、家賃を除けば、都会以上に生活コストがかかります。住民税などの税金は、人口の少ない田舎のほうが都会より高くなるのが原則です。年収の少ない人にとっては、田舎暮らしは課税額も少なく理想郷。一方、多少でもまとまった収入のある人には、都会とは比べものにならない額を課税される場合もあります。つまり、メリットだけではなくデメリットもあるということです。終の住処を決めるのは、数年間、賃貸住宅に暮らし、周囲の生活環境や人間関係などを見極めていくことが、成功への鍵ではないでしょうか。
地方移住歴20年のベテラン・イジュラーである著者が、理想の田舎に出会う秘策や、後悔しない物件の見つけ方、複雑な田舎の人間関係がうまくいく方法等、豊富な情報とアイデアでこれから田舎暮らしを考えている読者に的確なアドバイスを与えてくれます(柿木図書館作成)。
5月
サロメの乳母の話
塩野七生 新潮社
古代パレスチナに実在した王女サロメ。新約聖書によれば、彼女は見事な舞を披露したほうびに、父王ヘロデが牢屋に捕らえていたヨハネの斬首を願い出ます。ヨハネは、イエス・キリストに洗礼を授けた預言者。彼女はなぜ、そのような人物の首を所望したのか? オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』では、「ヨハネに愛を拒まれたから」という描き方をしています。ヨハネをきらい、亡き者にしようとしていた母親のいいなりだったから、というふうに描かれている作品もあります。ところが、本書での解釈はどちらとも異なります。当時の世界情勢に基づいた著者のそれは、〈悪女〉と呼ばれることもあるサロメの人物像に新たな彩りを与えています。
表題作のほかにも、「なぜペネロペは、戦争に出たきり帰ってこない夫オデュッセウスを裏切らずに、二十年間も待ち続けていられたのか」、「なぜブルータスはカエサルを暗殺したのか」、「なぜユダはイエスを裏切ったのか」などが、彼らの「知人」「家族」の目を通して語られます。
ギリシャ神話や聖書で有名な人物たちの、通説とは異なる一面を楽めるこの作品。後世の人々に悪女と呼ばれるあの妃も、英雄と呼ばれるあの男性も、実は違うのかも?(永福図書館作成)
4月
夢語り・夢解きの中世
酒井紀美/著 吉川弘文館
だが中世の人々は違った。
吉夢、悪夢に一喜一憂し、陰陽師や夢解きに夢占いを頼む。夢のお告げを得るために、由緒ある霊場には人々が殺到し、精進などの努力も厭わない。彼らにとって夢とは現実の一部であり、厳しい人生の指針でもあった。占いを鼻でせせら笑う現代人とは、相当事情が違うのである。
本書では、中世人の夢に対する熱い想いが、多数の文献の渉猟によりふんだんに紹介されている。夢を代行受信(?)する話や、夢を他人と売買する話、1度見た夢をチャラにする話など、現代人の固定観念を破壊してくれる、驚きかつ微笑ましい(?)エピソード満載ある。
本書の著者の酒井氏によると、中世人の夢とは「神仏が送ってくる未来予想のメッセージ」であるという。つまり中世の人々は、神仏からの情報の受信を当然と考えていたのでる。だとあれば、彼らが「受信環境の整備も大事だよね」とばかりに、精進などの努力を怠らないのも納得できる。それはまさに、受信性能を高めるための、システムバージョンアップにほかならないからである。そうか!神仏の夢のお告げって、中世のラインやメールだったのが!(←あくまで冗談です。念のため)
それにしても、現代人が夢のお告げを受けなくなったのは、神仏側の発信力が衰えたのか、我々の受信環境に問題があるのか。まあ個人的には、フロイト先生やユング先生に、神仏と人間を結ぶインフラそのものを破壊されちゃったからだと思いますけどね。(資料相談係作成)
3月
風姿花伝
世阿弥/著 野上 豊一郎/校訂 西尾 実/校訂 岩波書店
一見して一般の我々には全く関係のなさそうな理論書が、実は奥深い人生論や哲学書として、読者の年齢や立場に応じて意味合いを変える万能の書であると思われるのです。
第一篇「年來稽古條々」では、現代の教育思想に通じるものを読み取ることが出来たり、第三篇「問答條々」の視点は、現代の経営やマーケティングに活かせるものがあると考える人もいるでしょう。
かの有名な「秘すれば花」は、最後の第七篇「別紙口傳」に出てきます。「秘めておくからこそそれが花になる」―。それぞれの立場で最後まで読み進めた時、この一文はあなたにとってどのような意味になるでしょうか。奥儀ということを大切に考えた世阿弥。情報開示が求められ、様々な情報が溢れている現代において、「秘すれば花」は我々に多くの問いを投げかけます。
「初心を忘るべからず」も第七篇に出てきます。現代とは違う意味ですが、どういった意味かは読んでからのお楽しみとしましょう。(中央図書館作成)
2月
ひび割れた日常 人類学・文学・美学から考える
奥野 克巳/著、吉村 萬壱/著、伊藤 亜紗/著 亜紀書房
最初の緊急事態宣言が出された2020年4月から数か月間、三人の異才が「ひとつのテーブルを囲みながら、そのテーブルのうえに、考えるヒントとなる事物を順番に置いていくよう」に思考をつないだリレーエッセイ。「元の日常」への違和感、合理のひび割れ、類似と差異。同化、分断、共生と敵対。それぞれの専門分野を抱いた視点からリアルタイムにアイデアが記され、気づきやエピソードが次の書き手を刺激する。糸が撚り合わさるように、かといって一体化するでもなく、ゆるやかに変奏する一つの流れ。語り合うもの同士が共に「いる」安心と明るさを、読者もまた体験する。
先が見えないことよりも、今ここに自分の生を実感できない方がよっぽど不安だ。大きな自然の営みの中で、すでに「思い通りにならないものとともにある」私たちがこれからを生きていくために、単なる情報ではない「考えの種」を本書は伝え、またその芽吹きを体現している(今川図書館作成)。
1月
タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源
ピーター・ゴドフリー=スミス/著 夏目 大/訳 みすず書房
(方南図書館作成)
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