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本の中のすぎなみ 2013年
12月
東京放浪記
別役実/著 平凡社
この本のなかでは、杉並区に移り住んでからの生活感あふれる思い出が随所で語られています。筆者は自宅から、大宮八幡宮のある永福町周辺や善福寺川、神田川沿いを、仕事に疲れたときなど、よく自転車で散歩していたと言います。途中、道のところどころに設置されているベンチに座って、煙草を燻らせ、立ち並ぶ家々の窓の灯を眺めたりするのが至福のときだったようです。演劇のなかでも「小市民のありよう」を描いてきた筆者が、自らその生活を体感できる瞬間だったのかもしれません。
また、コミュニティバスの「すぎ丸」に対する筆者らしい見解や、近年建設された「座・高円寺」のこと、学生時代によく友人の下宿に通っていたという西荻窪のことなども語られ、あらためて演劇人として、また生活者としての筆者と、杉並の街とのかかわりの深さを知ることができる本のように思えます。(高円寺図書館作成)
11月
あの頃こんな球場があった
佐野正幸/著 草思社
かつて杉並にプロ野球の専用グラウンドがありました。戦前の昭和11年に誕生した上井草球場、正式名称は東京球場です。
西武新宿線上井草駅からほど近い場所にあり、プロ野球の球団が創設ラッシュだったその頃、東京セネタースというチームが誕生し、ここをホームグラウンドとしていました。
この球場は収容人員が3万人で、両翼100.6メートル、中堅118.9メートルという当時としてはかなり大きなフィールドを持ち、周囲を松に囲まれ、緑がきれいで、観客席からは富士山が見えたといいます。
昭和11年、12年と多くの試合が開催されたものの昭和13年に都心に後楽園球場が開場すると、交通の便が悪いといわれたここでの試合数は激減することになります。
プロ野球や東京六大学野球の試合で観衆を沸かせ、また軟式野球のメッカとして野球人を集めるなど時代に翻弄された球場がかつてあった場所は今、上井草スポーツセンターの人工芝グラウンドとなり、野球だけでなくさまざまな競技に利用されています。(柿木図書館作成)
10月
宮崎駿の原点 母と子の物語
大泉実成/著 潮出版社
この本では、兄である宮崎新氏へのインタビューを中心に、宮崎駿監督の過去のインタビューや対談の内容を抜粋しながら宮崎駿監督の人生を時系列に沿って追って行きます。中でも多大な影響を与え度々登場するのは、次男の宮崎駿監督を含む男ばかり4兄弟の母である宮崎美子さんです。プロローグで紹介されている“当時すでに社会人になっていた宮崎駿監督と母が口論になり、監督が最後泣きながら母に訴えた”という母の強さを物語るエピソードも、宮崎アニメのヒロイン達の芯の強さの原点を垣間見る面白いエピソードではないでしょうか。
ちなみに、杉並区へ引っ越してきた当時、母が入院したり転校を経験したりするなど、トトロの家のモデルになったともいわれる永福の家での新生活は『となりのトトロ』に大きく反映されています。
宮崎駿監督の人生を追って作品を再鑑賞すると、より深く作品を楽しめるかもしれません。(永福図書館作成)
9月
荻窪シェアハウス小助川(新潮社刊)
小路幸也/著 新潮社
作品の舞台は、シェアハウスのある南荻窪を中心に狭いエリアに終始している。佳人の通った桃井第二小学校をはじめ、環八の歩道橋、善福寺川など、実在する場所も多く登場する。(今川図書館作成)
8月
シアター!(メディアワークス文庫)
有川浩/著 アスキー・メディアワークス
売れる芝居の脚本を書くという巧の方向転換に反発が起こり劇団員は半減し、同時に300万円もの負債が発覚した「シアターフラッグ」。巧に泣きつかれた司はお金を融資しますが、突き付けた条件は「2年間で劇団の収益で全額返済できなければ、劇団解散!」。
鉄血宰相となった司を含め再出発した「シアターフラッグ」。
人気はあるがお金がないこの劇団の運命は?
作中では、物語序盤に巧が住むアパートのある街として「西荻窪」が描かれ、劇団の公演が行われる会場として杉並に実在する施設をモデルにしたと思われる“荻窪総合文化センター”が登場します。
7月
荻窪風土記
井伏鱒二/著 新潮社
本書は「豊多摩郡井荻村」という表題で雑誌『新潮』に連載、『荻窪風土記』と解題されて刊行となった自伝的エッセイ集です。
関東大震災、2.26事件といった歴史的出来事の様子、最初の家を建てた際の失敗、鳶の長老、植木屋との交流などがテーマの17篇を収録。 武蔵野の面影を色濃く留めていた戦前から東京が大きく変化を遂げようとする昭和30年頃にいたるまでほぼ30年間にわたる荻窪界隈の変遷が淡々と綴られています。
また、親交のあった太宰治、小山清、外村繁、青柳瑞穂、伊馬春部といった文士との骨董、文学、将棋を通じた親交の記述は文壇側面史としても興味深く読むことができます。
荻窪駅、青梅街道、善福寺川・・・本書を読んで、井伏の生きた時代に思いを馳せながら荻窪界隈を散策するのはいかがでしょうか。 (方南図書館作成)
6月
此処彼処(ここかしこ)
川上弘美/著 日本経済新聞社
5月
女三人のシベリア鉄道
森まゆみ/著 集英社
飛行機での旅が一般的になる前、ヨーロッパを目指す多くの日本人が、シベリア鉄道を利用しました。旅人たちを乗せて、凍てつく大地を走る列車。幾人もの旅人たちが、道中の様子を書き残しました。本書では、中でも与謝野晶子、宮本百合子、林芙美子の3人の女性にスポットを当て、彼女たちの手記を片手に旅を進めます。ちなみに、晶子が旅立ったのは1912年。すでに7人の子供を抱え、当時33歳でした。しかも、先にパリへと向かった夫を追いかけての旅!その行動力には脱帽です。
旅の記録と歌から浮かび上がる、炎のように激しい晶子の生き様。彼女の生涯に思いをはせつつ、ゆかりの地・南荻窪を訪ねてみてはいかがでしょう。
※また、林芙美子も戦前、高円寺・堀ノ内に居住していた作家の一人です。(下井草図書館作成)
4月
東京の川と水路を歩く
メディアユニオン/編 有楽出版社/発行 実業之日本社/発売
今は姿を消している、江戸時代に開削された運河が紹介されている一方で、東京スカイツリーが見える川沿いのビューポイントの特集もあり、東京の様々な河川が、人々と関わりあいながら流れていることを実感できる一冊です。
4月に入り、だんだんと暖かくなってまいりました。川の流れが見てきた時代・歴史に思いをはせながら、この本と一緒に、ゆったりと川あるきを楽しんでみてはいかがでしょうか。
3月
詩の本
谷川俊太郎/著 集英社
たとえば、この詩集に収められている「ここ・杉並」という詩には、「杉並」に七十年あまり住んでいる谷川さんの目に映り、また移り変わってきた「ここ」の様子が描かれています。
「若いころここは無限の宇宙の一隅だった/界隈には名だたる文人たちもおられたようだが/私はケヤキの枝越しに青空見つめて/火星人からの通信を待っていた」(48ページ掲載「ここ・杉並」より、一部を引用)
杉並は都会の一隅にすぎないけれど、わたしたちが詩人の目を持つならば、そこは火星との交信地点にもなりうるのかもしれません。
なお、本書の巻頭詩「いまここにいないあなたへ」は、1999年に中央図書館で「ことばの小宇宙~谷川俊太郎展」という企画展を行った際に作られたもの。ほかにも、さまざまな発表の「場」に合わせて谷川さんがことばを選りぬいた詩が多く、巻末にある初出の出典を確認しながら読みすすめるのも、また面白い詩集です。
2月
東京・街角のアート探訪3 城西編
佐藤曠一/編・著 日貿出版社
杉並区内では、蚕糸の森公園などの公園や桃園川緑道、神田川など馴染みのある場所に鎮座しているパブリックアートを写真と簡単な解説を添えて案内しています。杉並区役所庁内及びその前庭にある彫刻や中央図書館内にある佐藤忠良作の「フードの竜」、さらには、杉並区神社仏閣アート巡りとして、妙法寺の仁王像・鉄門や井草八幡宮楼門の神像も紹介されています。
街歩きがブームである昨今、A5サイズの本書を片手にパブリックアートを探して、杉並だけでなく都内を散策するのはいかがでしょうか。
1月
上林暁 傑作随筆集 故郷の本箱
上林暁/著 山本善行/撰 夏葉社
この随筆集には故郷、古本、自身の創作について綴ったもの、阿佐ヶ谷会で親交のあった井伏鱒二、木山捷平、外村繁、田畑修一郎など作家について書いた話が収められている。中でも「律気な井伏鱒二」では仕事に対する生真面目さと、上林暁を感心させた酒の席でのエピソードから井伏鱒二の人柄が伝わってきて印象深い。
そのほか荻窪の古本市、伊藤整に純情な古本漁りと冷やかされた話など古本についての話はどれも面白い。また、上林暁が買った本、読んだ本が紹介されており、作家の読書記録として読むこともできる。
上林暁を知らない方はまず、この随筆集を手に取ってみてほしい。
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