12月の本の中のすぎなみ

絶滅危惧個人商店

絶滅危惧個人商店

井上 理津子/著  筑摩書房

昭和の時代には、誰しも〝馴染の店〟を持っていた。そして馴染の店とはチェーン店ではなく、その大半が「個人商店」であった。
そして令和の時代。本書のタイトルにもなっているように「個人商店」は、いまや「絶滅危惧」になってしまった。
この本では、杉並区にある個人商店が2つ紹介されている。
阿佐谷の「木下自転車店」と西荻窪の「須田時計眼鏡店」である。
「木下自転車店」の店主は一見、不機嫌そう。しかし、話してみると気さくで手際の良い職人技をみせる。「須田時計眼鏡店」の店主は「好きだね~。この仕事」と自ら言い切る。愛用の道具を駆使して、日々時計の修理を丁寧に行う。
本書では、杉並区以外の個人商店も、数多く紹介されているのだが、どのお店も個性的で、何よりもそこには「昭和」が溢れている。
この本を読むと、昔通っていた、あの店・この店が心の中にじんわりと蘇ってくる。愛すべき個人商店が「絶滅」しないことを願ってやまない。

(方南図書館作成)

 

11月の本の中のすぎなみ

東郷青児 蒼の詩 永遠の乙女たち

東郷青児 蒼の詩 永遠の乙女たち

野崎 泉/編  河出書房新社

画家 東郷青児(1897年~1978年)は、抒情的な美人画で一世を風靡した。青児は「大衆に愛されるわかりやすい芸術」を生涯の目標に掲げ、創作活動を行った。その仕事は絵画のみならず、喫茶店のプロデュース、洋菓子店の包装紙、本の装幀、化粧品の容器、雑誌広告、雑貨デザイン、マッチ箱、劇場の緞帳や壁画に至るまでバラエティに富んでいる。
本書はそれらの青児の作品の断片を紹介している。さらにその作品の背景等の解説も細かく記載されている。
杉並区の井の頭線久我山駅近くに、かつて東郷青児の1,000坪程のアトリエ付き大邸宅が異彩を放って存在していた。なぜ久我山だったのか、彼の地元ミニコミ誌への寄稿が残っている。「都心から至近距離で、一番武蔵野の面影を残している所は久我山だと、戦前からあこがれを持っていたので、戦後疎開先から帰ることになった時、いの一番に頭に浮かんだのが久我山だった・・・」(久我山風土記 長山泰介著)。その邸宅に、最愛の女性盈子(みつこ)夫人と愛娘たまみさんと暮らしていた。
本書には、当時の様子を語ったたまみさんのインタビューも掲載されている。

(高井戸図書館作成)

 

10月の本の中のすぎなみ

縄文神社 首都圏篇

縄文神社 首都圏篇

武藤郁子/著  飛鳥新社

このタイトルは、著者が「縄文遺跡と神社が重なっている場所」に敬意を込めて「縄文神社」と呼んでいる事からきている。著者曰く、境内から縄文時代の遺跡が発掘された神社は、日本に「かなり」あるとのこと。
この本では首都圏エリアの中から、特におすすめしたい神社をイラストや写真で分かりやすく紹介している。紹介されている東京にある10の「縄文神社」のうち、4つが杉並区にある。区内には魅力的な「縄文神社」が多くあることがうかがえる。
杉並区からは「遅野井市杵嶋神社(おそのいいちきしまじんじゃ)」を中心に「井草八幡宮」「大宮八幡宮」「尾崎熊野神社」が紹介されている。中でも「大宮八幡宮」の境内は都内で3番目の広さを誇り、近くには区内最大規模の集落遺跡「松ノ木遺跡」がある。
妙正寺池を源流とする妙正寺川流域にも井草遺跡があり、意外と古い歴史を身近に感じられる杉並区。この1冊を手掛かりに縄文の歴史を辿る散策へ出かけてみてはいかがだろうか。

(下井草図書館作成)

 

9月の本の中のすぎなみ

西荻窪日常軒のお弁当

西荻窪日常軒のお弁当

嶋崎 恵里奈  大和書房

今回紹介するのは西荻窪の細い路地にあるお弁当と豚まんのお店「日常軒」のレシピ本です。日常軒のお弁当の特徴の一つは、旬の野菜をしっかり味わえること。たとえば夏のおかずは、トマトと納豆の春巻きや里いものずんだあえ、秋は揚げさつまいもと大豆のクリームチーズあえなど、野菜のうまみを活かしたおかずが紹介されています。そんな美味しいおかずたちをどう組み合わせたら良いのか?毎日バランスを考えてメニューを決めるのは大変ですよね。この本では、お弁当づくりをラクにする第一歩としてお弁当箱の「地図」作りが紹介されています。その他にも水気が出やすい野菜を美味しく食べるワザや冷めてもおいしく喜ばれるおかずなど、ちょっとしたひと手間でお弁当がぐんと美味しくなる9つの秘訣を知ることができます。どんな時も美味しいごはんを食べてほしいという店主の思いが詰まったレシピ本。美味しいごはんで自分を元気づけたいときや大切な人にお弁当を作りたいとき、ぜひ手に取ってみてほしい一冊です。

(南荻窪図書館作成)

 

8月の本の中のすぎなみ

棟方志功の眼

棟方志功の眼

石井頼子/著  里文出版

棟方志功、全身全霊で作品に美を表現した版画家。幼い頃から目が悪く極度の近眼、見たいものだけが見えた眼は何を見ていたのか。荻窪の邸宅で共に暮らした孫が、その素顔に迫ります。仕事の合間、濱田庄司作の茶碗で河井寛次郎直伝の抹茶を楽しんだり、ベートーヴェンを愛し、自身は弾けぬグランドピアノをいつか誰かが弾いてくれると夢見て所有したりと、心豊かに過ごす粋な普段の姿が綴られています。作品を作る上で、これらの思い入れある品々や親交ある芸術家達から受ける刺激、故郷・青森での思い出は大きな原動力になりました。恋した油絵では叶わず、新たに見出した版画で、ひたむきな努力の末に大成する姿は痛快です。絵に描かれた花の美に見惚れ、ゴッホに憧れた版画家の眼は向日葵のように真っ直ぐに、物の本質を捉えようとしていたのかもしれません。画室や貴重な愛蔵品の美しい写真と共に、屈託ない笑顔が眩しい、偉大な天才の魅力を味わえる一冊。

(阿佐谷図書館作成)

 

7月の本の中のすぎなみ

ランチ酒 今日もまんぷく

ランチ酒 今日もまんぷく

原田ひ香  祥伝社

昼からお酒を飲むランチ酒、あなたにとってどんな感じでしょうか? 憧れですか?

主人公の仕事は、夜から朝まで、人を見守る、「見守り屋」です。なので、主人公にとって、ランチ酒は、仕事終わりの一杯です。仕事終わりのおいしい料理とおいしいお酒を味わう時間は、至極の時間です。

この本の中には、杉並の2軒のお店が描かれています。

一つ目は、高円寺、二つ目は、荻窪のお店です。どちらも揚げ物で、ちょっと罪悪感のメニュー。でも、とてもおいしそうに描かれています。

でも、この物語は、おいしい料理を食べるだけではないのです。主人公がランチ酒をしながら思いをはせる、仕事でかかわった人や自分自身の人間模様も描かれています。

料理の描写も、読んでいるだけで食べたくなるように美味しそうです。

料理の描写だけでなく、本の中に出てくる人物の人間関係や背景を読むだけでも面白い作品です。

料理に興味のある人も、そうでない人も楽しめる作品です。

(西荻図書館作成)

 

6月の本の中のすぎなみ

純喫茶コレクション

純喫茶コレクション

難波里奈  河出書房新社

近年、昭和レトロブームにより「純喫茶」が当時を知る世代だけではなく、若い世代にも注目をされています。ちなみに「純喫茶」という名前は、昭和の初め頃から純粋にコーヒーを楽しめる喫茶店として使われていました。
本書は会社員として働きながら、東京喫茶店研究所二代目所長でもある著者が訪れた全国各地の純喫茶の中から81軒を選び、お気に入りの名店を写真と文章で紹介しています。
昭和の面影が残る外観と内装、机や椅子などの家具、1杯1杯丁寧にいれられたコーヒーや鮮やかな色のクリームソーダやジャムたっぷりのトーストは、懐かしさやぬくもりを感じさせます。
杉並区を横に一直線に走る中央線は「純喫茶」の名店が多いと言われ、現在も営業する店として荻窪と高円寺にある5店が掲載されています。本書を見ながら、お気に入りの店を探してみてはいかがでしょうか?

(中央図書館作成)

 

5月の本の中のすぎなみ

ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論[1]

ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論[1]

松岡圭祐 KADOKAWA/角川文庫

阿佐ケ谷駅北口徒歩17分、木造アパート住まいの新人ラノベ作家・杉浦李奈。3冊のライトミステリを出しただけの駆け出しだが、新進気鋭の人気作家・岩崎省吾との雑誌対談「芥川龍之介と太宰治」の相手役に選ばれた。また初のハードカバー本『トウモロコシの粒は偶数』に、岩崎の推薦文の帯が巻かれることになり大興奮。しかし岩崎の新作に盗作疑惑が持ち上がり事態は急転直下、李奈は編集者に言われるがまま、この事件をノンフィクション本として出版するため、ルポライターよろしく取材に奔走することになってしまう。岩崎の無実を信じたい李奈だが、調べるほどに盗作の可能性が高くなっていき…。
今年8作目が出版され、コミカライズも決定するなど大人気のビブリオミステリシリーズです。主人公の繰り出す膨大な文学知識についていくのは至難の業ですが、読書欲が大いに刺激されることでしょう。出版社などが実名で登場するので、業界の裏側を覗き見る感覚も味わえます。どのような作家になっていくのか、成長譚としても楽しめそうです。

(成田図書館作成)

 

4月の本の中のすぎなみ

開幕ベルは華やかに

開幕ベルは華やかに

有吉 佐和子  文藝春秋

推理小説家・渡紳一郎のもとに別れた元妻・小野寺ハルから電話がきた。有名脚本家の突然の降板に伴い、その代役として彼女が来月上演予定の舞台の脚本担当になったというのだ。
本番まで残りわずか3週間。勝手に演出担当にさせられた渡は、絶句するしかなかった。
さっそく稽古が始まるも、主役の八重垣光子、中村勘十郎は高齢のせいか、台詞を間違えてばかり。ところが流石はベテラン俳優。本番では別人の様な演技で、初日から拍手喝采。
連日満員御礼という大成功を収めていた。そんな矢先、劇場にかかってきた「2億円用意しないと女優を殺す」という電話で事態は急展開する。
果たして、舞台の行方は・・・。

この作品は、有吉氏の生前最後の作品である。今読んでも色褪せない展開の数々は、流石というべきだろう。
2022年6月には「和歌山市立有吉佐和子記念館」が開館した。杉並区にあった彼女の邸宅を、紀ノ川付近に復元して移した施設である。
和歌山県を訪れた際は、是非立ち寄っていただきたい。
(宮前図書館作成)

 

3月の本の中のすぎなみ

地形を楽しむ東京半日散歩30

地形を楽しむ東京半日散歩30

内田 宗治  実業之日本社

本書は半日程度で出かけられる散歩コースの案内の本ですが、単なるそれらの紹介だけではありません。本書の特色は、著者が実際にそこを歩いた時の感想を述べつつ、その地形とそれにまつわる歴史を豊富な写真と地図と共に紹介しているところです。そのため、本書を読むだけで様々な歴史のエピソードを楽しむことが出来ます。また、よく知られた場所でも地形に注目しながら歩くと新たな発見があるようで、そこも興味深いです。
さて、いくつか紹介されている玉川上水をめぐるコースの1つに「玉川上水 井の頭から牟礼へ」(三鷹駅から久我山駅まで歩く)というものもあります。玉川上水は江戸時代初期に幕府によって飲料水などの確保のため、羽村取水堰(現羽村市)から四谷大木戸(現新宿区)まで約43キロに渡って造られた水路です。現在もその一部は水道施設として使われており、緑豊かな自然が味わえる素晴らしい散歩道になっているようです。
散歩の効用は、健康に良いなどいろいろありますが、本書を参考に様々な歴史ドラマに思いをめぐらせながら、素敵な場所を見つけに出かけてみるのも楽しいと思います。

(高円寺図書館作成)

 

2月の本の中のすぎなみ

感情8号線

感情8号線

畑野智美  祥伝社

荻窪、八幡山(ここまで杉並区内)、千歳船橋、二子玉川、上野毛、田園調布‥。この六つの街は、いずれも環状八号線沿いにあります。直線距離だと近いのに、電車だと乗り換えが必要になります。それぞれの街には、幸せの中にも人に言えない思いやままならない恋愛に揺れている女性たちが住んでいます。どうして自分だけうまくいかないのだろう?と他人と比べてしまいながら悩み、それでも前を向いて生きていきたいと、それぞれが願っています。住む場所も抱えている悩みも違う6人の女性たちの揺れ動く心情に共感必至の物語です。

(柿木図書館作成)

 

1月の本の中のすぎなみ

関村ミキの料理帳 明治時代の女学生が記した洋食レシピ

関村ミキの料理帳 明治時代の女学生が記した洋食レシピ

チューニング・フォー・ザ・フューチャー/編  チューニング・フォー・ザ・フューチャー

近年人気のスイーツ、タピオカ。今からおよそ120年前の日本にタピオカのレシピが存在していた…と聞いたら驚くでしょうか?高井戸で活動をしていた思想家、江渡狄嶺(えど・てきれい)氏の邸宅の書庫から、とある料理帳が2016年9月に発見されました。江渡氏の妻、関村ミキさんが20歳で故郷の秋田県から上京した折、1904年(明治37年)頃に書かれたものです。ミキさんは明治時代の女性では珍しく理科系の高等教育を受けていたり、生涯夫婦別姓を貫いたりと、先進的な考え方の持ち主でした。それを表しているかのように、料理帳を紐解くとタピオコ(タピオカ)、プレスチッキン(鶏料理)、バタ(バター)といった、当時の日本では非常に珍しい西洋のレシピや、材料が丁寧に記されていたそうです。ミキさんのお孫さん、杉並区内の飲食店、杉並区立郷土博物館など、さまざまな方面からの協力と努力により、メニューの一部を再現することに成功し、本書『関村ミキの料理帳』にまとめられました。明治時代に青春を送ったミキさんが記したレシピが現代に復活し、当時の味に思いを馳せられるというのは、高井戸の才女と呼ばれるのにふさわしい、時を越えた偉業ですね。

(永福図書館作成)

 

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