8月の本の中のすぎなみ

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異邦の騎士

島田荘司/著  原書房

“目が覚めてみるとベンチの上だった。”

周囲を見渡してみるとそこはどうやら公園のようで、敬介(今作の主人公)にはこれまでの記憶が一切無かった。

しかしおぼろげに、中央線沿線には見覚えがあるような気もするが・・・。

手がかりになるような目ぼしいものは持っていない。鏡を見ても自分だと認識できない。そんな絶望的な状況のなか、敬介は杉並区高円寺で、ある一人の若い女性・良子と出会う。

良子は魅力的な女性だった。最初から敬介に心を許しているようなところがあり、帰る場所を持たない敬介の世話もしてくれる。そんな良子に敬介が惹かれていくのは自然なことだった。次第に築かれていく良子との穏やかな生活。もう記憶が戻らなくてもいいのではないか、だってこんなにも二人は幸せなのだから。敬介がそう思い始めたとき、しかし幸福は突然崩れ落ちる。

敬介は、偶然それを見つけてしまう・・・。

何気なく開いたサイドボードの奥、良子の花の刺しゅう入りのハンカチに包まれた、四角いもの。

それは、敬介の運転免許証だった。何故、良子が敬介の免許証を持っていたのか。敬介は、本当は何者なのか。二人の出会いは偶然か。

過去を調べようと奮闘していたなか出会った友人、御手洗潔とともに主人公・敬介の視点で記憶を取り戻していく物語。断片的な記憶が一つ、また一つと浮かびあがるごとに、思わぬ恐怖が呼び起されます。名探偵御手洗潔の最初の事件を、ぜひご一読ください。

(宮前図書館作成)

 

7月の本の中のすぎなみ

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探偵と家族

森晶麿/著  早川書房

舞台は高円寺駅北口、あづま通り商店街。

5年前に未解決に終わった失踪事件と新型コロナ感染症は、探偵事務所を営む家族に避けがたい変化をもたらしました。

所長だった父は専業主夫に、家計を支えるのはペット探偵の母となった探偵家族。

そんなある日、枯れた植物の写真を撮ることが趣味の姉とゲーム三昧で掃除魔の弟は未解決に終わったあの事件を再調査することになります。歩く木、ミノタウロス、魔獣など、そこここに見え隠れする街の隙間に潜むミステリアス。連作短編の形式で進む本書を縦横無尽に調査する探偵たちは曲がり角ですれ違ったり、ベンチのとなりに座っていたり隣人のような生活感があります。行ったことのあるお店も登場しているかもしれません。本を読んだら、探偵たちの活躍の気配を探しに高円寺散策に出掛けてみませんか。

(高円寺図書館作成)

 

6月の本の中のすぎなみ

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その可能性はすでに考えた

井上真偽/著  講談社

 

杉並区南阿佐ヶ谷で探偵事務所を営む上苙丞と上苙に多額の金を貸しているフーリン。二人が話していると若い女性が訪れる。その女性・渡良瀬莉世は自分が人を殺したのかどうか推理してほしいと話し、幼い頃の記憶を語り始めた。

莉世は小学校に入学した直後、母親に連れて行かれ、新宗教団体「血の贖い」の村で集団生活を始めた。教祖と信者あわせて33人が暮らすその村は、山奥の秘境であり、脱出が極めて困難な刑務所のような場所だった。村に暮らす同じ信者の少年・堂仁と一緒に仔豚の世話をしながら、「脱出するときは仔豚も一緒に連れていこう」などと話していた。

そんな中、村を地震が襲う。地震後、滝と川が枯れ、更に教祖は村の唯一の出入り口である〈洞門〉を爆破し塞いでしまう。〈禊〉が行われ、信者全員の首を教祖が斬り回る姿を目撃し、自分の首が斬られる直前に堂仁に助け出された莉世はやがて気を失い、目覚めたときには祠にいた。その眼前には堂仁の生首と胴体が転がっていた。莉世と堂仁以外の信者は全員外から施錠された拝殿に閉じ込められ、また拝殿の閂は莉世には重くて動かせなかった。これらの状況から自分が堂仁を殺してしまったのではないか、と考えるようになったという莉世。

しかし一方で、堂仁の首を斬ったギロチンの刃も堂仁の胴体も重く、祠まで運べたはずはないという。堂仁は首を斬られた後、莉世を抱いて祠まで運んだのではないか。祠まで行く途中、堂仁の首を抱いていたような気がすると話す莉世に、上苙は〈奇蹟〉に違いない、人知の及ぶあらゆる可能性を否定し〈奇蹟〉が成立することを証明すると言い放つ。全ての可能性を否定することは不可能だという大門老人や、フーリンの知人である中国人美女リーシー、元弟子である少年・八ツ星が提示した仮説をことごとく反証していく上苙だったが…。

理詰めの推理合戦の連続で、頭を使う読み応えのある小説となっています。事件の真相を是非読んで確かめていただければ幸いです。

(柿木図書館作成)

 

5月の本の中のすぎなみ

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絵と写真で読む西永福の街並み

杉浦賢伍/著

京王電鉄井の頭線西永福駅横に、線路をまたいで南北に伸びる西永福商店街。その井の頭通り寄りの一角に「大江戸そば」を営む

杉浦賢伍氏が制作した地域史。理性寺や永福小学校、井の頭線といった、「永福といえばこれ」という6項目に絞り、

その変遷を地図、文書、写真などの史料調査や古老から聞き取りした内容が掲載されています。
町名の由来ともなった永福寺村の古地図、商店街のいまむかし、昔の小学校の入学式のようす、1956年の西永福の駅舎など、

我々杉並区民だからこそ、懐かしさを感じたり、知って驚き親近感を覚える物事が目白押し。
特筆すべきは何といってもその調査量!数キロ四方のうちとはいえ、これだけの情報を独自に収集して、

街の歴史を一冊の書物に明らかにするのは並大抵の労力ではなかったでしょう。
商店街他店のみなさんとの座談会の模様も注目ポイント。長年風景の移り変わりを目にしてきた生の声からは、

街の息吹を感じ取ることができます。
永福図書館も2025年に創立60周年、移転5周年を迎えます。その間に周囲ではどんな変化があったのか、

ぜひ本書を開いてタイムトラベルをしてみてください。
(永福図書館作成)

4月の本の中のすぎなみ

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ベージュ

谷川 俊太郎/著  新潮社(新潮文庫)

2024年11月、日本を代表する詩人・谷川俊太郎さんが旅立たれました。谷川さんは杉並で多くの時間を過ごし、代表作「かっぱ」をはじめ、数多の詩を世に送り出したことで知られています。かろやかな響きと、囁きあうような言葉で人々の心に語りかける。そんな谷川さんが、生涯向き合ってきた不変のテーマ「生」と「死」。

『ベージュ』は晩年、谷川さんの米寿の年に刊行されました。素朴でやさしく、それでいて人肌や温もりを想起させるような曖昧な色合い。タイトルからもその人柄がうかがえる本書は、谷川さん自らが選出した未収録作に書き下ろしをくわえた三十一篇からなります。


ここではない うん ここではないな そこかもしれないけど どうかな (……)
「場」がいきなりことばごときえうせて うん ときがほどけてうたのしらべになったとき
わたしはもう いきてはいなかった (『ベージュ』より引用)


ご紹介したのは、本書のラストを締めくくる詩、「どこ?」の一節。
あらゆるものの誕生と最期を彷彿とさせる谷川俊太郎、最後の詩集です。(中央図書館作成)

 

3月の本の中のすぎなみ

世界一美しい団地図鑑

世界一美しい団地図鑑

志岐祐一/編・著・写真  エクスナレッジ

昭和の半ば、あちこちに建てられた集合住宅のいわゆる“団地”にはどんなイメージがありますか?
同じような形の建物がたくさん並んでいたり、4階や5階建てなのにエレベータがなかったり。住みづらい印象もありますが、最近ではその優れたデザイン性が見直され、築年数の古い団地を価格を抑えて購入し、リノベーションをして住む方もいるそうです。
本書では傑作団地のひとつとして阿佐ヶ谷住宅が紹介されています。
阿佐ヶ谷住宅は杉並区の成田東に位置し、日本住宅公団が整備しました。1958年から入居が始まった350戸の集合住宅で「奇跡の団地」と言われていました。
駅から比較的近い場所なのに、建物と建物の間には草木や花が残され、自然やゆとりある空間だったので「場所の奇跡」。分譲した日本住宅公団は設立数年でしたが、その若い組織を受け入れた社会があった「時代の奇跡」。そして設計などに携わった人は若手が多かった「人の奇跡」です。阿佐ヶ谷住宅には一般的な中層棟もありましたが、2階建てのテラスハウスがあり、設計者の名前から前川テラスとも呼ばれていました。「団地の理想郷」ともいわれる阿佐ヶ谷住宅でしたが、惜しまれつつ取り壊しになりました。(今川図書館作成)

 

2月の本の中のすぎなみ

銀座に住むのはまだ早い

銀座に住むのはまだ早い

小野寺史宜/著  柏書房

「東京二十三区に住みたい」というのが、昔からの著者の希望。なかでも「一番住みたいのは中央区銀座」というのが著者の願望。しかし現実は厳しくタイトルの『銀座に住むのはまだ早い』とあいなる。
著者が現在住んでいる千葉のワンルームマンションは家賃5万円弱(フロ・トイレ付)。だとすれば、それと同じ条件で都内23区に住めないものか?というわけで23区の「物件」を実際に探索してみたというのが本書の内容である。
著者は23区のすべてを探索しているのだが、杉並区では西荻窪(西荻)を訪れている。「第三回 杉並区 静かに元気な西荻窪」(本書35頁~43頁)
まず訪れた場所は「西荻図書館」。訪問当時、西荻図書館には著者の本は1冊しかなかった。「僕レベルならそんなもの」と冷静に自己分析しているのが微笑ましい。ちなみに、今では5冊所蔵しているようだ(2025年1月6日現在)。
図書館のあとは「桃井原っぱ公園」「善福寺公園」などを訪問。途中、とんかつを食べ、最後に喫茶店で一服して西荻窪の探索を終了している。
個人商店がいまなお数多く営業している西荻窪を、著者は「穏やかな活気に満ちた町。好き。」と総括している。(方南図書館作成)

 

1月の本の中のすぎなみ

ちゃっかり温泉

ちゃっかり温泉

久住昌之/著 和泉晴紀/画 カンゼン

マンガ「孤独のグルメ」の原作者が語る「ちゃっかり+温泉」エッセイ。
杉並区については、第二話で、高井戸駅近くの温泉施設「高井戸温泉 美しの湯」と、荻窪駅近くの「なごみの湯」について、取り上げられています。
 
三鷹市在住の作者が、吉祥寺にある仕事場から神田川沿いの道を歩いて「高井戸温泉 美しの湯」へ向かう様子は、読者にとって自分が散歩しているかように生き生きと描かれていて、目の前にその風景が浮かびます。
仕事や締切の合間に、ちゃっかり昼間から温泉と食事を楽しむ作者の姿は、「孤独のグルメ」の主人公「井之頭五郎」を彷彿とさせます。温泉利用者の生態や食事を堪能するさまを、彼独特の人間観察力で、ユーモアたっぷりに表現されていて楽しめます。
 
本書では、杉並区以外の温泉も数多く紹介され、どの温泉も魅力的で行ってみたくなること請け合い。街の散策ガイドとしての利用もお薦めです。
めっきり寒さが厳しくなったこの時期、わざわざ遠くの温泉まで行かなくても、フラッと出かけた近所の温泉で温まりたい!そう思わせる一冊です。(高井戸図書館作成)

 

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